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神戸地方裁判所 昭和27年(行)12号 判決 1954年3月22日

原告 高瀬栄一

被告 神戸東労働基準監督署長

主文

被告が昭和二十七年二月九日原告に対しなした労働者災害補償保険給付に関する決定はこれを取消す。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年二月九日原告に対しなした労働者災害補償保険法に基く補償費給付決定中、障害等級を同法第十二条別表の第七級とし障害補償費を四十六万六千五百三十六円としたのを、障害等級を同別表の第一級とし障害補償費を百十一万六千三百五十円と変更する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は神戸市葺合区脇浜町三丁目川崎製鉄株式会社葺合工場に雇われ稼働中、昭和二十三年十一月十九日同工場内でグレンのモーター・ギヤボツクスカバー(鋼板製重さ約一貫五、六百匁)がその頭上に落下し、そのため、広さ約四尺平方、深さ約九尺のピツト煙道灰出口に墜落し、重傷を負い、以来鋭意治療に努めていたが、被告は昭和二十七年二月九日原告の災害について治癒と認定し、障害等級を同法第十二条別表の第七級とし、障害補償費を四十六万六千五百三十六円と決定した。しかしながら、原告の障害は(一)外傷性右偏癰(半身不随)(二)外傷性神経症、(三)脊椎変形症で、(二)は終身労務に服することができず、(三)は著しく運動障害を残す程度のものであるから、これを労働者災害補償保険法施行規則別表第二(以下規則別表と略称する)の障害等級表にあてはめると、(一)は規則別表の第一級の五号(二)は同別表の第三級の三号、(三)は同別表の第六級の四号に該当し、原告の身体障害は三あることになるから、その障害等級は労働者災害補償保険法施行規則第二十条により、結局最も重い第一級となる。仮りに外傷性右偏癰が第一級に該当しないとしても、右別表掲記以外の身体障害として同別表掲記の身体障害に準じてその第二級若くは第三級に該当するものというべきであるから、前記外傷性神経症の第三級と共に第五級以上に該当する身体障害が二以上あることになり、三級繰り上げて第一級となるわけである、而して原告の労働基準法第十二条所定の平均賃金は八百三十三円十銭であるから、障害補償費はその一三四〇日分である百十一万六千三百五十四円となる。しかるに、被告はこれを規則別表第八級の三号、第十二級の六号に該当するものとし、第十三級以上に該当する身体障害が二以上あるものとして一級繰り上げて第七級と認定し、その障害補償費を四十六万六千五百三十六円と決定したのは違法である。そこで、原告は昭和二十七年三月五日右決定を不服として兵庫県労働基準局保険審査官に審査の請求をしたが、三箇月を経過しても、なおその決定をしないので、行政事件訴訟特例法第二条但書に基き被告の右決定を、障害等級を労働者災害補償保険法第十二条別表の第一級とし、障害補償費を百十一万六千三百五十円と変更する旨の判決を求めるため本訴に及んだ。」と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は本案前の抗弁として、

「原告がその主張の日その主張の決定を不服として兵庫県労働基準局保険審査官に審査の請求をしたが、保険審査官において三箇月以内にその決定をしなかつたことは認めるが、本件訴は労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定の適否を争う訴として、同法第三十五条により保険審査官及び労働者災害補償保険審査会に審査の請求をし、その決定に不服あるものが始めて訴を提起することができることになつており、同条項は行政事件訴訟特例法第二条の特別法の関係にあるから、本訴においては同条の適用は排除せられるものというべきである。従つて、それらの審査を経ずしてなされた本件訴は不適法である。」と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

「原告が川崎製鉄株式会社葺合工場に雇われ稼働中原告主張の日その主張の如き業務上の災害により負傷したこと、被告が原告主張の日原告の災害について治癒と認定し、その主張の如き決定をしたこと及び原告の平均賃金がその主張の通りであることは認める。しかし、原告の身体障害は神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務の外服することができず、且つ右上肢の肘関節の機能に障害を残しているにすぎないのであつて、その障害等級は規則別表の第八級の三号、第十二級の六号に該当するもので、原告主張の如きものではない。」と述べた。(立証省略)

理由

よつてまず被告の本案前の抗弁につき考えるのに、なるほど、本件訴は労働者災害補償保険法による保険給付に関する決定の適否を争う訴であることは原告の主張自体により明らかで、同法第三十五条第一項によれば右決定に異議のある者は保険審査官の審査を請求し、その決定に不服のある者は労働者災害補償保険審査会に審査を請求し、その決定に不服のある者は裁判所に訴訟を提起することができると規定しているが、行政事件訴訟特例法より前に制定された右規定は、行政事件訴訟特例法第二条本文が行政庁の違法な処分の取消を求める訴を提起するには法令に異議審査訴願等の行政上の不服手段の定めてある場合はその行政上の手続を経なければならないとするいわゆる訴願前置主義を行政訴訟一般につき採用し、一面訴願等の行政上の不服手段を定めるとともに同時にその不服手段を経た後でなければ裁判所に出訴出来ないとするのと同様趣旨を定めたものであつて、右両法は一般原則に対する例外を定めるいわゆる一般法と特別法との関係に立つものではなく、従つて形式的にも右特例法第二条但書を労働者災害補償保険法の関係において排除すべき理由はないのみならず、右但書は所謂訴願裁決庁の怠慢によつて訴願人が不当に不利益を蒙るおそれがある等訴願前置主義のもたらす弊害を最小限度に止めようとする緩和規定である趣旨にかんがみ、本訴についても特に右緩和規定を不必要ならしめる理由はないのであるから、右但書の趣旨を排除する旨の規定のない以上、本訴にもその適用があるのが当然である。

ところで、原告が法定期間内である原告主張の日その主張の決定を不服として保険審査官に審査の請求をしたが、保険審査官において三箇月以内にその決定をしなかつたことは当事者間に争がないから原告は保険審査官及び労働者災害補償審査会の審査を経ずして訴を提起しうるものというべきである。従つて、被告の抗弁は採用できない。

そこで、本案につき考察する。

原告が神戸市葺合区脇浜町三丁目川崎製鉄株式会社葺合工場に雇われ稼働中、その主張の日その主張の如き業務上の災害により負傷したこと、被告が原告主張の日原告の災害について治癒と認定し、その主張の如き決定をしたこと及び原告の平均賃金がその主張の通りであることは当事者間に争がない。

而して、その原本の存在及び成立に争のない甲第一、二号証、成立に争のない同第三号証の一、二、同第四号証と鑑定人竹林弘の鑑定の結果及び証人高瀬ツネの証言、鑑定証人飯田実、同竹内文次の各証言の一部並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、

原告の身体障害は、

(一)  右上肢の肩胛関節、肘関節、腕関節の運動がかなり制限せられ肩胛関節については上肘をほゞ水平の高さ以上に上げることができず、肘関節は屈曲四十五度以上に及ばず伸長百八十度で、腕関節は運動範囲の制限はないが、その運動は緩慢で、手指運動は右手は左手に比べ緩慢で且つかなり強直し、その握力も左上肢の十五に対し右上肢は五で、撓骨反射低下し、提こう筋反射左右共減弱、腹壁反射減弱し、右下肢もやゝ強直し、膝蓋けん反射両側亢進、右足しよ反射消失し、最高度には伸転せず、椅子には自由に座れるが、膝関節を屈曲して正座することはできず、又直立のまゝでは右下肢を上げることはできないが、補助をうれば膝関節を曲げて支床面から七、八寸位上げることができ、杖を用いて漸く歩行できる状態で、かつて外出先で転倒したこともあつたので、外出には常に家人がその介護をなし、室内では柱、襖につかまつて歩行しうる状態で、所謂不完全痙性麻痺症状にあること。

(二)  外傷性神経症として顏貌憔悴し、絶えず頭痛、不眠、眩暈、嘔気健忘症、脱力感等を訴え、ために憂鬱性で、感情の動搖が甚だしく短気で怒り易く、積極性がなく、根気に乏しく、思考力を欠き、絶えず鎮静剤の服用を要し軽度の労務以外には服しえない状態にあること。

(三)  外傷性脊柱変形症を遺し第四腰椎部打痛著明で、屈曲時に高度の腰痛を訴えるので、常にコルセツトの装着を必要とし、これなくしては屈曲しえない状態にあること。

及び右障害はいずれも前記災害に基き発生したものであること、

が認められ、右認定に反する鑑定証人飯田実、同竹内文次、同松村勇一の各供述は少くとも原告の身体障害の現状に一致しないもので採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。(たゞ鑑定人竹林弘の鑑定の結果中労働可能に考えられないとの点は前記三の障害の綜合的結果に対する評価をいうものであるところ、一の災害を原因とする数個の障害がある場合にその等級を繰上げる規則の存すること後述の通りであることに徴すればその数個の障害の程度は先づ各別に個々の障害のみ存する場合に果して労務に服し得るか否か等の認定をすべきであつて、その数個の障害の綜合的結果による程度の認定をすべきではないのであるから、本件原告の障害の程度は前掲証拠により右の如く認定するのが相当である。)

よつて、これを規則別表の障害等級表にあてはめると、

(一)、まず原告の右(一)の障害が右等級第一級の五号の半身不随に該当するかどうかを考えるに、半身不随とは同側又は異側の上下肢の運動麻痺又は全廃をいゝ、右運動麻痺とは運動可能領域の半以上が麻痺する場合をいうものと解すべきところ、右障害は未だ右程度に達しないから、半身不随ということはできず、他に右等級表にこれに該当する記載がないので、労働者災害補償保険法施行規則第二十条第四項によりその障害の程度に応じ、右等級表掲記の身体障害に準じて等級を定むべきところ、右障害は同等級表の第五級の一上肢の用を全廃したもの、又は一下肢の用を全廃したものに準ずべきものと解すべきであるから、原告の右障害を第五級とすべきである。

(二)  原告の(二)の障害は神経系統の機能に著しい障害を残し、軽易な労務以外に服することができないものであるから右障害は前記等級表第八級の三号に該当する。

(三)  原告の(三)の障害は脊柱に著しい運動障害を残すものとして、等級表第六級の四号に該当するものである。

而して、原告の身体障害は第八級以上に該当する身体障害が二以上あるから、同規則第二十条第一、二、三項により前記身体障害の中最も重い第五級を二級繰り上げて第三級となる。

そうすると、被告が原告の身体障害につき規則別表第八級の三号第十二級の六号に該当するものとし、第十三級以上に該当する身体障害の二以上あるものとして一級繰上げて第七級と認定し、その障害補償費を四十六万六千五百三十六円と決定したのは違法であるから、これを取消すべきものである。

しかるところ、原告の行政処分を障害等級を労働者災害補償保険法第十二条別表の第一級とし、障害補償費を百十一万六千三百五十円と変更する旨の判決を求める請求にはその処分の取消を求める請求をも包含するものと解すべきであるから、本訴請求はこの限度においては正当として認容すべきであるが、その余は裁判所の判断作用の域を超えるものであつて許されないから排斥すべきである。

よつて、原告の本訴請求は被告の前記決定を取消す限度において正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石井末一 大野千里 中井四郎)

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